事案の概要
報道などによりますと、男性は2017年に東京ガスに入社し、18年春に子会社に出向して経理や財務を担うグループに配属されたものの、同年8月にうつ病を発症して自殺したとされます。
男性の直属の上司は賞与の面談で「いつまでもお客様じゃどうかな?」などと言ったり、男性が作成した資料に「今作ってもしょうがないじゃん」ときつい口調で指導するなど、厳しい態度で繰り返し接していたといいます。
男性の両親は配置転換や上司とのトラブルが影響したとして三田労基署に労災申請しましたが、労災認定はされなかったとのことです。
そこで、男性の両親は、労災を認めないとした労基署の処分の取消を求め東京地裁に提訴していました。
今回は、この事案について企業法務に詳しい弁護士が解説いたします。
フキハラ(不機嫌ハラスメント)とは
不機嫌ハラスメント(フキハラ)とは、自分の不機嫌な態度を周囲に見せつけることで、相手に不快感や圧迫感を与え、精神的な苦痛を感じさせる行為のことです。
「不機嫌(ふきげん)」+「ハラスメント」を略した言葉で、家庭内や職場などで起こりやすいのが特徴です。
具体的な行動例
直接的な暴言や暴力ではなく、「態度」で示すのがフキハラの特徴です。
・ドアを強く閉める、キーボードを叩きつける、大きなため息をつく。
・話しかけても無視する、返事がそっけない。
・不機嫌なオーラを出す、無表情で不満を露わにし、周囲に気を遣わせる。
・何に怒っているのか説明せず、相手に「察して動くこと」を強いる。
弁護士の所感
本件は、東京ガスから子会社に出向していた若手社員の自死を巡り、一度は労災を否定した国の処分を東京地裁が取り消した画期的な事案です。報道によれば、上司による「不機嫌な態度」や厳しい言動がうつ病発症の主因と認められました。本件を法的な観点から考察します。
1.フキハラの概念とその定義
まず、「フキハラ(不機嫌ハラスメント)」という言葉自体は、上記で解説したとおり、近年注目され始めた造語であり、法律上の明確な定義が確立されているわけではありません。一般的には「不機嫌な態度を周囲に見せつけることで精神的苦痛を与える行為」を指しますが、どこまでが「個人の性格」で、どこからが「ハラスメント(不法行為)」にあたるかの境界線は依然として曖昧な部分を含んでいます。
2.本判決の事実認定に関する留意点
本件の検討にあたっては、判決文そのものを精査したものではなく、あくまで報道による情報を前提としています。この点、報道によれば、上司の「いつまでもお客様じゃどうかな?」といった発言や、資料作成に対する厳しい口調での否定が指摘されています。これらは、単に「不機嫌な態度」という抽象的なものではなく、具体的な言動として認定された可能性が高いと考えられます。裁判所が「不機嫌な態度そのもの」を独立したハラスメントとして認定したのか、あるいは一連の言動がパワーハラスメントの基準を満たすと判断したのかは、精査が必要です。
3.労災認定における実務上の意義
いずれにしても、本判決は極めて実務的なインパクトが強いものです。従来、上司の言動を原因とする精神障害の労災申請において、暴力や明白な暴言を伴わないケース(いわゆる「態度の厳しさ」や「冷淡な接し方」)で認定を得ることは容易ではありませんでした。もし本判決が、直接的な罵倒がなくとも「不機嫌さを背景とした圧迫感のある指導」によって心理的負荷が「強」であると認めたのであれば、今後の労災認定実務に一石を投じる画期的な判断と評価されます。
4.企業に求められる今後のハラスメント対策
企業側はこの事案を「特殊な事例」と軽視すべきではありません。現代の職場において、パワハラやセクハラ、モラハラといった「典型的なハラスメント」への対策は進みましたが、今後は本件のような「不機嫌なオーラ」や「不適切な態度による威圧」といった、よりグレーで目に見えにくいリスクへの対応が求められます。
管理職に対し、単に「怒鳴らない」「叩かない」といった最低限のルールだけでなく、不機嫌な態度が部下のメンタルヘルスを損なうリスクを正しく教育し、心理的安全性の高い職場環境を構築することが、企業の安全配慮義務を果たす上で不可欠な時代になったといえるでしょう。

この記事を書いた弁護士
代表弁護士 呉 裕麻(おー ゆうま)
出身:東京 出身大学:早稲田大学
労使問題を始めとして、契約書の作成やチェック、債権回収、著作権管理、クレーマー対応、誹謗中傷対策などについて、使用者側の立場から具体的な助言や対応が可能。
常に冷静で迅速、的確なアドバイスが評判。
信条は、「心は熱く、仕事はクールに。」
執筆者:弁護士 呉裕麻(おー ゆうま)
1979年 東京都生まれ
2002年 早稲田大学法学部卒業
2006年 司法試験合格
2008年 岡山弁護士会に登録
2013年 岡山県倉敷市に岡山中庄架け橋法律事務所開所
2015年 弁護士法人に組織変更
2022年 弁護士法人岡山香川架け橋法律事務所に商号変更
2022年 香川県高松市に香川オフィスを開所




