はじめに-社員の横領について-
会社の社員や役員による横領行為が発生すると、企業に直接、経済的損害を与えるだけでなく、企業の社会的信用を失墜させる重大な問題です。
そのため、企業としては、そもそもこのような問題が起きないようにしなくてはなりません。
当然、生じた横領被害に対しては然るべき対応も求められます。
そのため、経営者としては適切な事業を継続するために横領被害に対してしっかりとした対応が求められます。
しかし、いざ具体的に問題が生じると
・そもそもどのようにすれば横領を未然に防げたのか
・横領被害金の債権回収は可能か
・債権回収のためにはどのような方法があるのか
・懲戒解雇は可能か
・刑事告訴にする意味はあるのか
・それら方法のどれを選択すべきか
という点について、その判断に迷うことも多いと思います。
そこで、以下、この記事では会社経営者の方に向けて、
・そもそも社員や役員による横領を生じさせないためには何が必要か
・生じてしまった場合にはどのような対処ができるのか
を労働問題や横領の分野に詳しい弁護士の立場から具体的に解説します。
1 横領とはどのような行為を指すか?
⑴そもそも「横領」とは何か?
そもそも「横領」とは具体的にどのような行為を指すのでしょうか?着服とは違うのか?窃盗との違いはどこにあるのでしょうか?
これらの違いを正確に理解することが会社に生じた問題解決のスタートとなるのでしっかりと抑える必要があります。
この点、まず横領とは、自己が占有する他人の物を不法に自分のものとすることを言います。
そもそもこの「横領」という言葉は法律用語です。
そのため、横領の一般的な言い方としては「着服」という用語を用いることもあるかと思います。すなわち、横領と着服は実質的には同じ意味と思ってもらって構いません。
このような横領に関しては、たとえば会社の経理担当者が、自分が管理し預かっている会社の現金を会社のためではなく、自分のために使ってしまうような場合が典型例です。
しかし、横領が成立するのは、決して経理担当者に限るものではなく、また現金に限るものでもありません。
たとえば、銀行や保険の外交員で集金業務の担当をしている者が預かったお金を勝手に使えば横領が成立します。
また、会社の備品を管理する立場にある従業員がこれを横流しする場合も横領に該当します。よくあるのは切手や印紙など小さくて管理しやすく金銭的価値が高い物などです。
結局、横領とは、会社の売上、現金、備品、その他の財産を預かって管理する立場にある者(従業員、社員、役員)が自分の欲しいままにすることを意味します。
そのため、逆に言えば、会社からこれらを預かる立場に無い者が会社の財産等を勝手に用いたりするケースは横領には該当しません。
これらのケースでは、窃盗に該当します。
例えば、店舗の売り上げ管理を委ねられている店長がお金を勝手に使えば横領になりますが、管理を委ねられていない単なるレジ担当の従業員の場合には窃盗となります。
他にも、職場の備品を管理する立場にない会社の受付をしているだけの従業員が、備品を勝手に持ち出した場合にはやはり横領ではなく、窃盗が成立します。
【横領のポイント】
・預かった他人の財産について勝手に処分すること
・着服と意味は同じ
・財産の管理をしていない場合には窃盗が成立する
⑵刑法上の横領罪の整理
以上のような意味での横領は、刑法上、以下のとおり3つの犯罪類型に分けて整理されています。
(横領)
第二百五十二条 自己の占有する他人の物を横領した者は、五年以下の懲役に処する。
2 自己の物であっても、公務所から保管を命ぜられた場合において、これを横領した者も、前項と同様とする。
これがいわゆる(単純)横領罪と呼ばれるものです。他人から預かった財物(本や自動車その他何でも)を自分で勝手に処分(売ったり、他人に譲ったりすること)することで成立します。
(業務上横領)
第二百五十三条 業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、十年以下の懲役に処する。
これがいわゆる業務上横領罪です。
会社の従業員や役員による横領の事例の場合には、こちらが適用されます。業務に伴い、その委託関係により預かった金銭や財物を勝手に処分するという性質を踏まえて刑が重く規定されています。
(遺失物等横領)
第二百五十四条 遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した者は、一年以下の懲役又は十万円以下の罰金若しくは科料に処する。
これは以上のような横領罪とは少し類型が異なり、他人から預かった財物を横領するのではなく、単に落ちていた他人の物を勝手に処分するような場合です。
道に落ちていた財布を拾って中のお金を使うような場合です。
これらの横領罪は、刑法犯の中でも決して軽くない刑罰とされています。
【横領罪の分類上のポイント】
・他人から預かった金銭や財物の場合には単純横領罪
・業務上、預かった場合には業務上横領罪
・他人から預かったのでない場合には逸失物横領
⑶民事上の横領についての位置づけ
以上のように、横領については刑法に明確に規定がありますが、民法上は横領についての規定は特段、定められていません。
とはいえ、民事上は何も責任が生じないということではありません。
当然のことながら民事上も不法行為責任や債務不履行責任という責任が生じることとなります。
また、民事上の責任と刑事上の責任は両立する関係にあることから、いずれか片方のみしか責任追及ができないということでもありません。
2 横領をした社員に対して取り得る3つの手段について
⑴横領に対して取り得る手段は何か?
従業員や役員による横領に対しては、主に以下のような3つの対処法が考えられます。
会社経営者の立場としては、とにかくまずは最低限、横領の被害を回復するために②損害賠償の請求を実現したいところだと思います。
この点も念頭に置きつつ、以下、順次解説をしたいと思います。
①懲戒処分
②損害賠償請求
③刑事告訴
⑵懲戒処分について
会社の財産を勝手に処分するような従業員や役員についてはそれ以上、会社に籍を残してもらうことは穏当ではありません。
そのため、横領が発覚した多くのケースでは懲戒解雇を検討することになるかと思います。
当然、その場合には就業規則に横領のような犯罪行為をした場合の懲戒解雇の規定を設けておくことが必要です。
たとえば以下のような規定が考えられます。
労働者が次のいずれかに該当するときは、懲戒解雇とする。
1 故意又は重大な過失により会社に重大な損害を与えたとき。
また、懲戒解雇は従業員に対する最も重い処分であることから、その手続きについては慎重に行う必要があります。
当然、横領をした事実を客観的な証拠に基づき明らかにしておくことが大切です。
また、当該従業員に対してしっかりと事実関係の確認、ヒアリングをしておくことも大切です。
ヒアリングの際には、何をどのように確認するのかヒアリング事項を明確にしておいてください。
また、ヒアリングの内容を録音し、かつ書面でも記録として明確に残すようにしてください。
録音については事前にレコーダーを用意し、きちんと音声が記録できるかテストをしてください。
録音をしていることを知ったら素直に話をしない可能性があるのであれば、録音していることを告げずに録音をしても構いません。
そして、ヒアリングの結果、可能であれば横領を認める内容の書面を本人に書かせて、提出させるようにしてください。
そうすることで後に横領を理由とした懲戒解雇を不当解雇として争われたり、損害賠償請求訴訟の中で横領を否認してきたりした際の有力な証拠となります。
他にも、刑事手続きの中でも警察に録音や本人の申告した内容などを提供することで有力な証拠としてもらえます。
⑶損害賠償請求について
①損害賠償請求の方法や見通しについて
次に、横領により被った損害を当該従業員に支払ってもらうよう求めることが考えられます。
これは民法上の債務不履行責任、不法行為責任、不当利得返還請求などに根拠を置く損害賠償請求等となります。
そして、具体的な請求の手順としては、当該従業員に任意での支払いを求める示談交渉、もしこれがうまく成立しない場合には、民事上の損害賠償請求訴訟を起こすこととなります。
これら請求の際には、そもそも横領をするような従業員であることから、素直に支払いに応じるとは限らないこと、逃げるなどして行方をくらます恐れがあること、支払い能力に欠ける可能性が高いこという点に注意が必要です。
すなわち、横領をする従業員は、ほとんどの事例では、横領したお金をその時点ですぐに使い切ってしまうことが多いため、いざ損害賠償を求めようと思っても支払いをする能力がないことが通常です。
実際、横領の被害が発覚した際に、当該従業員に経済力があったとか、横領の被害金を隠し持っていたというケースは決して多くありません。
横領をした社員は、日々の生活に困窮し、もしくはギャンブルや高額な買い物に夢中になり、自分のお金だけでなく会社のお金を使い込んでいることが通常です。
その他にも、ケースによっては自己破産を申し立てて責任を逃れようとする社員もいるかもしれません。
そうすると、場合によっては、会社はその損害額を全額回収できない可能性もあり得ることに注意が必要です。
したがって、示談交渉をするにしても、民事の損害賠償請求訴訟を起こすにしても、どの程度会社として費用と手間をかけてこれらを進めるかの見極めも重要となります。
仮に示談交渉で支払いの合意を取り交わすことができても、後に支払いがされなければ意味がありません。
これを防ぐためには、単なる合意文書とするだけでなく、これを公正証書にするようにしてください。その際に、約束に基づく支払いがない場合に備え、執行受諾文言を付すようにしてください。
こうすることで、万が一の不払いの際にも裁判を経ることなく強制執行に踏み切ることが可能となります。
また、裁判で会社の請求を認容する判決が言い渡されたり、和解が成立したとしても同様です。判決や和解は債務名義となりますが、差し押さえる財産が見当たらなければ回収もできません。
そのため、示談にしても裁判にしても、結果的には被害に対して少額ずつの分割にて支払いをしてもらう約束をして終わることが少なくありません。
【損害賠償請求の際のポイント】
・示談交渉や民事訴訟の方法があり得る
・横領された現金が残っているケースはほとんどない
・当該従業員からの任意での弁済は分割になることも少なくない
②給与との相殺はできるか?
従業員による横領被害の回復のため、会社が支払うべき賃金、給料との相殺を考えるのは当然のことだと思われます。
しかし、給料は賃金全額払いの原則(労基法24条1項)が妥当することから会社からの一方的な相殺は原則として無効です。
例外的に、従業員による同意があれば相殺も可能ですが、使用者と労働者の合意による相殺の有効性については,労働者の自由な意思に基づいてなされたものであると認めるに足りる合理的理由が客観的に存在するときは労働基準法24条1項の全額払いの原則に反しないとされています(最高裁平成2年11月26日第二小法廷判決)。
したがって、仮に賃金との相殺をするならば、従業員に相殺による処理を説明し、従業員の任意による合意、同意をもらうことが重要です。
仮に合意、同意をしてもらっていても後に争われるリスクを考えると安易に給料との相殺をするべきではないと考えられます。
そのため、給料との相殺に関し、かかる要件をきちんと満たしたか否かは、相殺をする前に、弁護士に相談をしておくことをお勧めします。
③退職金を不支給とすることはできるか?
では、せめて退職金を不支給とすることはできるでしょうか?
まず、退職金については、そもそもどのような場合に支給の対象とするのかを就業規則で明記しておくことが望ましいです。
その際、懲戒解雇の場合には不支給とする趣旨の規定としておくことが多いので改めて会社の就業規則をご確認ください。
反面、普通解雇の場合にはこのような規定になっていないこともあるので、生じた横領被害に対して懲戒解雇にするか普通解雇にするかは、退職金の支給との絡みでも慎重な見極めが必要です。
なお、退職金の支給に関する就業規則の文例は以下のとおりです。
労働者が退職し又は解雇されたときは、この章に定めるところにより退職金を支給する。ただし、懲戒解雇された者には、退職金の全部又は一部を支給しないことがある。
ただし、懲戒解雇を前提としても、常に退職金全額の不支給が正当化される訳ではありません。
たとえば、小田急電鉄事件(東京高裁平成15年12月11日判決)では、従業員が痴漢行為をしたとして刑事罰を受けたことを理由として懲戒解雇にした事案に関し、懲戒解雇は有効であるものの、退職金全額の不支給は認めず、3割の額を支給すべきとしました。
その理由としては、「賃金の後払い的要素の強い退職金について、その退職金全額を不支給とするには、それが当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があることが必要である」としたのです。
この小田急電鉄事件判決では、事案に照らした詳細な事実認定がされているので、以下、詳しく解説をします。
【小田急電鉄事件判決の詳細】
(事案)
度重なる電車内での痴漢行為を理由に勤務先の小田急電鉄から懲戒解雇され、退職金も不支給とされたことに対して解雇無効と退職金の支給を求め、解雇は無効であるものの、退職金は3割相当の支給が認められた事案。
(痴漢行為の詳細)
①平成3年に痴漢行為で検挙、罰金3万円
②平成9年に痴漢行為で逮捕され起訴、罰金3万円
③平成12年5月1日に痴漢行為で逮捕勾留、略式罰金20万円
④平成12年11月21日に痴漢行為で逮捕勾留、正式裁判となり懲役4月、執行猶予3年
(懲戒処分の詳細)
上記③の事件が生じた際に、会社は従業員の痴漢行為③と②を把握するに至った。その時点では従業員は痴漢行為①については会社に告げませんでした。
会社は賞罰委員会を開催し、「鉄道業に携わる者が、破廉恥行為を再犯し、悪質な行為に及んだことは、他の係員に対する背信行為であり、懲戒解雇に処すべきところであるが、事件の重大性を自覚し、深く反省していることや、その行為が外部に発覚することがなかったこと等を考慮し、控訴人を昇給停止及び降職に止めるとの処分」をしました。
すなわち、会社は痴漢行為③については懲戒解雇とはしませんでした。
ところが、かかる処分の後に、痴漢行為④を引き起こしたことから、懲戒解雇とし、かつ退職金を不支給としました。
(判決の結論に至る理由)
以上の事案において、判決では、主に以下のような点を考慮し、長解雇は有効とし、他方で退職金の全額不支給は認めず、3割の支給を認めました。
①退職金の法的な意味での性質
②会社の退職金支給に関する規定の趣旨
③他の退職金不支給事例との比較
すなわち、判決では退職金には、賃金の後払い的な性格と、功労報償的な性格があるとし、会社の退職金支給に関する規定上、「給与及び勤続年数を基準として、支給条件が明確に規定されている場合には、その退職金は、賃金の後払い的な意味合いが強い」と判断しました。
そうすると、かかる賃金後払い的な性格の強い退職金を見込んで生活設計を立てることにも相当の合理的な理由があるとしています。
その上で、「このような賃金の後払い的要素の強い退職金について、その退職金全額を不支給とするには、それが当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があることが必要である。ことに、それが、業務上の横領や背任など、会社に対する直接の背信行為とはいえない職務外の非違行為である場合には、それが会社の名誉信用を著しく害し、会社に無視しえないような現実的損害を生じさせるなど、上記のような犯罪行為に匹敵するような強度な背信性を有することが必要であると解される。
このような事情がないにもかかわらず、会社と直接関係のない非違行為を理由に、退職金の全額を不支給とすることは、経済的にみて過酷な処分というべきであり、不利益処分一般に要求される比例原則にも反すると考えられる。」としました。
すなわち、重大な不信行為の内容としても、会社に対する直接の配信行為と、そうでないものがあると整理をし、後者の場合に退職金の不支給が認められるのは前者の場合に匹敵するような強度な背信性が必要としています。
他方で、不支給が認められない場合でも、常に退職金全額の支給が必要かというとそうではなく、会社に一定の合理的裁量を認め、その範囲内での支給とすることが許されると続けています。
(結論)
結果、本件が会社の業務外での私生活上の行為であること、報道等になっておらず会社の社会的評価等が現実に生じたわけでないこと、会社に対する業務上横領の事案でも3割の支給事例があること、従業員の長年の勤務態度はまじめであったとのことなどから3割の支給を認めました。
④身元保証人に対する請求の可否?
またよくある質問として、入社の際の身元保証人身元引受人に賠償額を負担してもらえないかと言うものがあります。
身元保証人は、従業員が入社するに際して従業員の身元を保証してもらう保証人のことであり、通常「身元保証契約」という契約書を作成します。
これは雇用契約期間中の損害について身元保証人にその責任を負担させ、賠償金を確保するためのものです。
しかし、雇用契約は長年に及ぶことが多いこと、従業員がいつ、どのような賠償責任を負うかどうかは未知数であることから、身元保証契約の期間や範囲については限定をすべきとの考え方が広まっていました。
そのため、現在は身元保証契約に関しては民法上の「個人根保証契約」に該当するものと法律が改正されました。
その結果、根保証契約については
・定められた極度額を限度としてその履行をする責任を負うこと(民法465条の2第1項)
・これを定めないと無効となること(民法465条の2第2項)
・期間を定めない場合には3年(民法465条の3第1項)
・定めた場合でも5年と限定されること(民法465条の3第2項)
となりました。
したがって、身元保証契約も万能ではないことに注意をしつつ、契約をしておく必要があります。
そして、こうした条件をクリアした有効な身元保証契約が成立している場合であり、かつ賠償金についてもその保証の範囲に含まれると言えるような場合であれば、当該身元保証人ないし、身元引き受け人に賠償責任を肩代わりしてもらうことも十分に考える余地があります。
かつ、そもそも身元保証人に充分な資力ないし、経済力がないことも考えられます。そうすると、結局身元保証人に請求をしてみても、回収の余地は無いとなりかねません。
【身元保証契約のポイント】
・極度額の定めが必要
・期間についても限定がある
⑤転職先給与の差押えは可能か?
他にも横領した従業員が、他の会社に転職をし、そこできちんと働いているような場合には、新しい職場からの給与を差し押さえるすなわち強制執行をすることによる回収の余地もあります。
この強制執行のためには、前提として当該従業員に対する債務名義(裁判上の和解調書や判決文、執行受諾文言付きの公正証書など)が必要となります。
したがって、差押えの前提としてこれらを取りつけておくことが必要です。
そして、この場合には、差し押さえ手続きがうまくいけば十分な回収が可能ですが、そもそも給与債権の差し押さえ上限額以上の横領被害の場合には、何度も差し押さえ手続きを起こす必要があることから、費用対効果の問題が生じかねません。
しかも、差し押さえを受けたことをきっかけに、その会社からさらに転職をしてしまう、退職をしてしまうと言うことも可能性として考えられます。
そうすると、改めて再就職した次の職場での給与を差し押さえることになりますが、再就職先を調べることも簡単ではありません。
【転職先の給与の差押えのポイント】
・強制執行には債務名義が必要
・差押えができるのは手取りの4分の1まで
・給与が支給される都度、差押え手続きが必要
・転職した場合には転職先の給与を差し押さえる必要がある
⑥預金口座や他の財産の調査や差押えの可否
給与の差し押さえとは別に当該従業員の保有している金融機関の口座残高を調べる方法も法的には認められています。
具体的には、弁護士会を通じた弁護士法上の弁護士照会、裁判所を通じた第三者からの情報取得手続きがあります。
これらの手法をとることで、債務者である従業員名義の不動産の有無や預金口座の有無を調べることが可能となります。
したがって、これらの手続きを取ることで、有効な差し押さえ先を見つけることもあり得ます。
【財産調査のポイント】
・弁護士照会や第三者からの情報取得手続きがある
・預金口座や不動産の調査ができる
・判明した財産に対する差押えが可能
⑷刑事告訴
①刑事告訴とは?
民事上の損害賠償請求とは異なり、また会社内における懲戒処分とは異なり、横領した従業員に対する刑事責任を果たしてもらうため、刑事告訴を取るということが考えられます。
刑事告訴をすることで、会社内の横領の問題が、警察や検察、裁判所という公の機関により刑事事件として扱われるようになることを意味します。
この刑事告訴は、ルール上は口頭もしくは書面で行うことが可能ですが、実際上はほとんど書面にて行われています。
そのため、告訴状と呼ばれる書面を作成し、警察に提出するようになります。
当然、書面の書き方にも一定のルールがありますし、その書きぶりによって告訴として通るかどうかも変わってきます。
また、告訴状に添付すべき証拠書類等も整理が必要なので仮に告訴状の提出を考えた際には、詳しい弁護士に聞くことをお勧めします。
②刑事告訴の流れは?
告訴状を作成し、これが警察に受理されると、警察による捜査(関係書類、帳簿類の精査、会社の関係者や取引先からの聴取、当該横領の疑いのある従業員に対する事情の聴取や場合によっては逮捕、勾留)が進みます。
要するに横領について犯罪の疑いがあり、として取り扱われることを意味します。
その上で、警察での捜査の後に検察庁に送致(送検)されます。
検察庁では、証拠関係を精査した上で被害の実態を踏まえ、起訴をするかどうか(刑事裁判にするかどうか)を判断することとなります。
そして、刑事裁判になった場合には、罪の内容や被害弁償の有無や程度、前科の有無や内容等に照らし、判決が言い渡されます。
③刑事告訴の実際上の効果は?
刑事告訴は、以上のように、あくまで刑事責任の追求のための手段ですが、これを尽くすことにより、民事上の損害賠償責任を果たしてもらうことにつながることがあります。
というのも、横領した従業員は、刑事責任を問われて有罪になる事は避けたいとの気持ちから刑事責任を逃れるために、民事上の損害賠償責任を尽くし、会社と示談をすることで、刑事告訴を取り下げてもらうと言うことを考えることがあるからです。
したがって、刑事告訴の手段は、単に刑事責任を追及するというだけにとどまらず、従業員の民事責任を果たしてもらうための足がかりにもなるものです。
④刑事告訴の狙いをどうするか?
こうしたことから、会社としては何のために、もしくは最終的にどのような獲得目標のために刑事告訴をするのか、よく見極めてからこれを行うことが望ましいといえます。
また、刑事告訴を行うと、警察からの詳しい資料の提供や事情の聴取も求められることとなります。これは会社にとってかなりの労力を裂く問題でもあることから、単に刑事告訴するだけではなく、このような負担も伴うと言うことを十分にご理解ください。
かつ、刑事告訴が受理され、刑事手続きが進むこととなると、逮捕などをきっかけとして新聞報道がされることも多々あります。
そうなると、会社の名前や被害の内容が公になるという問題があることにも注意が必要です。
⑤刑事告訴の見通しについて
以上を踏まえ、具体的に刑事手続きとしてはどのような結果になるかを検討しておくことも必要です。
まず、横領の被害額が相当多額(数百万円以上)であるとか、前科があるような事例の場合であれば、刑事告訴の結果、実刑になることも考えられます。
しかし、被害額がさほどでもない(数十万円以内)とか、前科もないような事例の場合には仮に起訴されたとしても、執行猶予付き判決で収まることも多いです。
さらに、被害弁償が済んでいるようなケースであればそもそも起訴はされずに不起訴で終わることも多々あります。
3 横領の疑いがあったとき、会社は何をすればいい?
⑴事実確認・調査の重要性
①事実確認の順番はどうするべきか?
特定の従業員や役員による会社財産の横領の疑いが生じた際には、とにもかくにも、まずはその事実確認や調査、それから証拠の収集が非常に重要です。
そうすることで横領被害の実態を正確に把握することが可能となるからです。
その際、以下のとおり順番で調査をすることが重要です。
・横領の疑いのきっかけとなった書類や関係者からの調査
・当該従業員の業務に関係する人物からの調査(他の従業員や取引先など)
・当該従業員本人
こうすることで、当該従業員の言い逃れを防いだり、証拠隠しを防いだりする効果があります。
間違っても当該従業員にいきなり事情を聞くことはやめてください。
②調査の対象には何があるか?
事実確認や調査のためには、当該従業員や役員が管理している会計、帳簿や通帳、その他の財産、それからパソコン等の内容を精査し、不正があったかなかったかを明らかにする必要があります。
加えて、具体的に、いつどの程度の金額等が横領されたのかを明確にし、一覧にすることも大事です。
当然、他の従業員や役員からも事情の確認をする必要があります。
また、取引先等からも事情の確認をする必要が生じます。
多くの横領のケースでは、長年にわたり、これが繰り返されていることがあります。そのため、古い横領の事実については、明確に証拠が残されていないケースも少なくありません。
そうすると、会社として考える横領被害の金額と証拠上明らかにできる横領被害の金額に大きな開きが生じることもあり得ます。
⑵当人への事情聴取
以上の客観的証拠や、第三者からの事情聴取を経て、いよいよ横領の疑いのある従業員への聴取を実施することとなります。
当然横領した本人は、事実を全部つまびらかにしないことも少なくありません。先ほども述べたように、証拠隠しをすることもあり得ます。
そうしたことから、本人に事情を聴取するのは最後に回すべきだと考えられます。
また、本人以外からの事実確認のために時間を要することでしょうから、横領の疑いがある従業員に対しては、横領の疑いが生じた時点で自宅待機命令にすることも検討の余地があります。
横領した本人に対する事情の聴取は、事前に整理をした証拠関係の精査が済んでから慎重に行うべきです。
かつ事情の聴取の際には、誰か1人に委ねるのではなく、複数の担当者でヒアリングを行うべきです。
ヒアリングの際にはきちんと録音をし、発言内容をメモにしっかりと残すようにしてください。
本人には説明や弁明の機会を与えることも手続き保証として重要になります。反省の言葉を述べているようであればそれも言い分としてしっかりと聴取しておく必要があります。
とりわけヒアリングは、得てして厳しい事実確認や責任追及の場となりかねないので、ヒアリング自体がハラスメントだと後に指摘されないように慎重な配慮が求められます。
その意味でも本人の意向をしっかり聞く、弁明をしっかり聞くことが大切になってきます。
なお、本人へのヒアリングについては、予めこれを告げると、証拠隠しなどの問題が生じかねないことから注意が必要です。
すなわち、本人へのヒアリングはこれを行うと決めた本人には事前告知なく実施してしまうことが望ましいです。
⑶弁護士や警察への相談のタイミングは?
横領が発覚した際には、以上のような事実確認等が重要になります。
同時に、これら事情確認等を進めるためのタイミングや、方法についても慎重に検討しておく必要があります。
また、そもそも横領の被害に対して会社として最終的には何を目標としていくのか、そのためにはどのような準備が必要かなども法的にアドバイスを受けておくことが望ましいといえます。
4 従業員による横領を未然に防ぐためには?
以上、従業員による横領について説明をしてきましたが、会社としてはそもそも従業員による横領を未然に防ぐことが、最善の横領対策に他なりません。
そのためには、例えば会計担当をずっと同じ人物にさせないとか、日ごろから会計担当者の持っている通帳等を代表者や役員その他の従業員もチェックする体制にしておくことが大切です。
他にも管理している財産を目録にするとか、誰でも内容をチェックできる体制にしておくことも重要です。
さらには、職場内に防犯カメラを設けておくことや、パソコンのアクセスログを自動で記録できるようにしておくことも重要です。
そもそも横領する従業員と言うのは、法的な意味でのコンプライアンス意識が非常に低いことが多いです。
傾向的には、自分の財産と他人の財産に対する区別がつかないような人物が横領をする傾向にあると考えられます。
したがって、会社として従業員が日ごろからどのような考え方で財産管理をしているかを、面談などを通じてよく理解しておくことも重要です。
さらには、弁護士等の専門家によるコンプライアンス研修を日ごろから行っておくことも有効だと考えられます。
こうしてコンプライアンス意識を高めることで、従業員による横領を未然に防ぐことにつながります。
5 横領の疑いがある場合には弁護士への相談を
会社内で特定の従業員による横領の疑いが生じた際にはしっかりとした調査が必要な事は上記の通りです。
その調査の進め方に対しては、法律の専門家である弁護士の助言を求めることも非常に有効です。
調査の進め方を間違えるとあるべき横領について、十分な証拠が得られず、不十分な責任追及になりかねません。
その結果、民事上、刑事上、十分な責任追求ができず、会社として大きな痛手を被ることになりかねません。
この点、弁護士であれば、どのような調査が必要で有効かを確実にアドバイスすることが可能です。
したがって、横領の疑いが生じた際には、すぐにでも弁護士にご相談ください。
6 岡山香川架け橋法律事務所のサポート
当事務所では、従業員や役員による横領の被害に対して、企業の損害を最小限に抑え、かつ従業員らから可能な限りの賠償を得るための具体的な方法や解決手段についてアドバイスができます。
また、責任追求のために代理人として民事訴訟や刑事告訴の手続きを行うことも可能です。
当該従業員に対するヒアリングの場に同行する同席することも可能です。
その他、そもそも横領問題を生じさせないためのコンプライアンス研修やセミナーを実施することも可能です。
当事務所は、岡山、香川に拠点を設け企業法務、労務問題(問題社員対応)に重点をおいています。顧問弁護士としてこれらの問題にお困りの企業経営者のお力に立つことが可能です。
したがって、これらトラブルについて、お悩みの際にはどうぞ当事務所にご相談ください。
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この記事を書いた弁護士
代表弁護士 呉 裕麻(おー ゆうま)
出身:東京 出身大学:早稲田大学
労使問題を始めとして、契約書の作成やチェック、債権回収、著作権管理、クレーマー対応、誹謗中傷対策などについて、使用者側の立場から具体的な助言や対応が可能。
常に冷静で迅速、的確なアドバイスが評判。
信条は、「心は熱く、仕事はクールに。」
執筆者:弁護士 呉裕麻(おー ゆうま)
1979年 東京都生まれ
2002年 早稲田大学法学部卒業
2006年 司法試験合格
2008年 岡山弁護士会に登録
2013年 岡山県倉敷市に岡山中庄架け橋法律事務所開所
2015年 弁護士法人に組織変更
2022年 弁護士法人岡山香川架け橋法律事務所に商号変更
2022年 香川県高松市に香川オフィスを開所