このコラムについて
このコラムでは、最近増加しているカスハラ問題について、企業としての対応策を実際の裁判例を踏まえて解説いたします。
近年、カスタマーハラスメント(カスハラ)が社会問題となっており、多くの企業が対応に苦慮しています。
カスハラ対策は一歩間違えると企業の信用の問題、従業員のモチベーションの低下や離職、顧客に対する損害賠償の問題など、多くのトラブルに繋がりかねません。
厚生労働省もガイドラインを策定するなどしており、企業もこれに即した適切な措置を講じることが求められています。
当事務所でも法律の専門家として、これまで多様なクレーム事案もしくはカスハラ事案を経験し、その処理に当たってきました。
そこで、企業経営者の方には以下の記事をしっかりお読み頂き、どうやってカスハラ問題を解決すれば良いのかを把握していただき、必要な対策を講じて頂けたらと思います。
ではさっそく見ていきましょう。
※なお、カスハラとクレームの相違や、カスハラについての企業としての予防策などについてはこちらの関連記事にも詳細に解説をしていますので併せてご参照ください。
1カスタマーハラスメント(カスハラ)とは?
(1)カスタマーハラスメントの定義について
カスタマーハラスメント(カスハラ)とは、直訳すると「顧客による嫌がらせ」を意味します。
カスハラ:顧客による嫌がらせ
より詳細には厚労省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」において以下のように定義されています。
「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」
⑵カスハラの特徴とは?
近年、企業に対する不当な要求や理不尽なクレームが社会問題となっており、上記のようなカスハラが非常に増えています。
その特徴は、以下の通りです。
① 暴言や暴力
言葉による攻撃、大声を出すこと、物理的な暴力。精神的な攻撃と、身体的な攻撃があります。
クレーム対応をした担当者に対する人格の非難もまた精神的な攻撃の一例です。
② 執拗なクレーム
同じ問題に関して繰り返しクレームをつけること、何度も電話をしてくること。
なお、そもそもクレームには正当なものと不当なものがありますが、度を越した執拗な要求行為、繰り返す行為は不当なクレームに該当します。一般的なクレームとは異なり、従業員の心身に悪影響を及ぼすケースもあります。
そして、時に行き過ぎたクレームをする顧客を「クレーマー」と呼ぶこともあります。
③ 無理難題
現実的に対応が不可能な要求を押し付ける行為(土下座の要求、過剰な謝罪の要求、過度な連絡等)。
場合によってはこれら無理難題の要求と併せて店舗への居座りなどに至ることもあります。
④ 顧客等からの業務と関係のない言動
セクハラやプライバシーの侵害等。とりわけ、中高年男性顧客から女性職員への言動が問題となりやすいです。
⑤ SNSなどオンライン上での誹謗中傷
現在はX(旧twitter)などネット上での発言や掲載内容も問題化しています。
顧客がこれらオンライン上で取引先や企業の評判を著しく損なう行為もカスハラに含まれます。
これらの行為は、従業員や担当者の精神的・身体的負担を増大させ、企業の業務運営に深刻な影響を及ぼすことがあります。要求内容の妥当性にかかわらずカスハラとされる可能性が高いです。
⑶カスハラ増加の原因は?
では、なぜこうしたカスハラが増加しているのでしょうか?
カスハラが生じる原因は多様ですが、多くは企業のサービスや商品に対する不満が原因で発生します。
また、顧客の個人的な問題が影響している場合もあります。利用者(顧客)の権利意識が高まる一方で、過剰な要求や暴力的な行為が増えている現状は無視できません。
いずれにしても、企業としてはこのようなカスハラ増加の原因も踏まえ、適切な対応をとることが重要となるのです。
【⑷カスハラが企業に与える影響とリスクとは?】
以上のような社会情勢の中で、カスハラの問題は、現代のビジネス環境において無視できない問題です。
企業経営者にとって、従業員の安全と健康を守ることは基本的な義務であり、その中には当然にカスハラ対策も含まれます。
カスハラを放置することは、職場における従業員の士気やパフォーマンスに悪影響を及ぼすだけでなく、企業全体の評判や業績にも重大な影響を与えます。
それどころか、カスハラ対策を誤ると企業側のマネジメントが適切であったかどうかが問題となり、従業員から損害賠償を求められることもあるなど、企業にとっては大きな負担となるのです。
企業がカスハラ問題で敗訴すると、損害賠償の支払いだけでなく、企業の名誉にも影響を及ぼす可能性があります。そのため、早く適切な対策を講じることが重要です。
2カスハラが裁判に発展するケースとは?
⑴カスハラが裁判に発展するケースについて
カスハラはその程度が悪化すると、企業や従業員、顧客との間で 民事訴訟や刑事事件に発展することがあります。
そして、カスハラが原因で訴訟に発展する場合、大きく分けて以下の3種類のケースが考えられます。
以下、順番に解説していきます。
⑵①企業が顧客を訴えるケース(営業妨害・名誉毀損等)
企業がカスハラを受け、顧客に対しては以下のような理由で損害賠償を求めるケースがあります。
・暴言
・脅迫による損害賠償請求や刑事告訴等
たとえば顧客が従業員に対し て、下記のような脅迫をするケースがあります。

店を潰してやる!

お前をクビにさせる
これらは悪質なカスハラそのものであるだけでなく、民事上は不法行為、刑事上は刑事罰の対象となり得る問題です。
そこで、このような言動がエスカレートすると、企業としては 脅迫罪や名誉毀損罪に基づいて、刑事告訴や被害届を出したり、民事上は損害賠償を請求したりすることができます。
・悪質なクレームによる営業妨害
SNSや口コミサイトを利用し、根拠のない誹謗中傷を拡散するケースも問題です。
これらもまた悪質なカスハラそのものであるだけでなく、民事上は不法行為、刑事上は刑事罰の対象となり得る問題です。
たとえば……

店員の態度が悪い!

遺物が混入していた
などと、虚偽の情報を拡散し、企業の評判を損ねる行為は名誉毀損罪に該当する可能性があります。
そこで、このような言動がエスカレートすると、企業としては名誉毀損罪や侮辱罪に基づいて、刑事告訴や被害届を出したり、民事上は損害賠償を請求したりすることができます。
・過剰な要求による業務妨害
電話や店頭で「返品対応を何度も求める」「店の前で長時間騒ぎ立てる」「1日に何度も電話をかけてくる」などの言動をとるケースもよく問題となります。
これらもまた悪質なカスハラそのものであるだけでなく、民事上は不法行為、刑事上は刑事罰の対象となり得る問題です。
このような行為は、業務妨害罪として訴訟の対象となる可能性が高いです。民事上も損害賠償の請求が可能です。
そこで、このような言動がエスカレートすると、企業としては業務妨害罪に基づいて、刑事告訴や被害届を出したり、民事上は損害賠償を請求したりすることができます。
⑶②企業が従業員から訴えられるケース(安全配慮義務違反等)
企業がカスハラを放置した場合、従業員から「適切な保護を受けられなかった」として訴えられる可能性 があります。
企業がカスハラを放置した場合、従業員から訴えられるリスクもあります。
例えば、従業員が精神的ストレスから退職した場合、企業が「適切な保護を行わなかった」として損害賠償請求を受ける可能性があります。
【想定事例】
小売店で、ある顧客がレジ対応のミスを理由に、店員に1時間以上にわたり罵声を浴びせ続けました。
店側は対応せず、従業員は精神的苦痛を受けたとして企業を訴訟。
裁判所は 「企業が安全配慮義務を怠った」と認定し、企業に対し慰謝料の支払いを命じる余地があります。
⑷③顧客が企業を訴えるケース(不当対応による損害賠償請求等)
他方で、企業がカスハラ対策を講じる際、対応を誤ると、顧客から訴えられるリスクがあります。
【想定事例】
ある店舗で、クレームをつけた顧客に対し、従業員が「もう来店しないでください」と発言。
顧客は「精神的苦痛を受けた」として企業を提訴。
裁判所は「従業員の対応が過剰であった」と判断し、企業側が一部の損害賠償責任を負う可能性があります。
【想定事例】
ある企業がカスハラ防止のため、「対応が難しいクレーマーには一切サービスを提供しない」との方針を打ち出しました。
しかし、この方針のもと、一般の顧客にまで対応を拒否 したことが問題となり、訴訟に発展。
裁判では、「企業の対応が過剰である」と判断され、顧客への損害賠償が認められる可能性があります。
3カスハラの代表的な裁判例とその解決内容は?
以上のようなカスハラの特徴などを踏まえ、以下、実際に裁判で問題となったカスハラ事例をご紹介いたします。
⑴昭和48年8月7日東京高裁判決
- ①カスハラの内容
- ②裁判の種別
- ③裁判所の判断
顧客が約970回に渡り、飲食店に架電し、無言を通すなどし、長いと約30分間、場合によっては数時間に渡り電話を切らずにおくことで業務を妨害した事案。
刑事事件
偽計業務妨害罪の成立
④弁護士のコメント
本件はいわゆるいたずら電話、無言電話が刑法上の偽計業務妨害罪に該当するか否かが問われた事案です。
顧客の架電はいずれも迷惑行為そのものであり、飲食店の業務を妨害するものに外ならず、その成立が認められました。
具体的には、当該電話の態様が社会生活上受容できる限度を超えたものとされ、このことから偽計業務妨害罪の成立が肯定されています。
ただし、無言電話等を理由とした業務妨害罪の成立は、回数や時間、態様などが事案ごとにまったく異なるため、他の事例においても具体的にどの程度の無言電話であれば偽計業務妨害罪の成立が肯定されるかは慎重な検討が必要です。
⑵平成30年11月2日東京地裁判決
- ①カスハラの内容
- ②裁判の種別
- ③裁判所の判断
客がスーパーマーケットの従業員に、ポイントカードの件で高圧的な態度をとられたと不満に思ったことをきっかけに、相談窓口に電話をして苦情を述べたり、責任者を呼ぶよう求めたり、レジカウンターを叩いたり蹴ったり、そこから身を乗り出すなどしたり、大声で怒鳴ったりした事案です。
この事案では、従業員が上司に被害を報告しても適切な対応が取られず、「お客様は神様」という姿勢が優先された結果、精神的苦痛を受けたものとして、従業員が会社と当該顧客を訴える事態に発展しました。
従業員から会社に対する雇い止めの無効確認及び損害賠償請求訴訟(民事)、従業員から顧客に対する損害賠償請求訴訟(民事)
客および会社店舗に対する不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。
その理由として、客の行動は、粗暴なもので周囲の人間をおびえさせるものではあるが、人間に向けた暴力を振るうものではなく、専ら不満を顕わにするものであり、臨場した警察が犯罪行為として立件するようなものではなかった。
また、店舗には、トラブルに対して正社員に相談して、指導を受けたり対応を求めたりする体制が整えられていたり、非常事態に備えて通報用の緊急ボタンが設置されており、その存在は従業員に周知されていた。
さらに、深夜の従業員を1名ではなく必ず2名以上の体制とし、一人が接客をしながら他の一人が相談及び通報等をして接客トラブルに対応することができるようにしていた。
その他、雇い止めについては従業員自身による契約不更新であり、雇い止めではないとされた。
④弁護士のコメント
この事案は、そもそも顧客による言動がカスハラと言えるかどうか自体が問題となりましたが、前提として当該従業員の発言や態度自体に問題があったため、そのことに立腹した顧客の言動自体には違法性はないとされました。
その上、会社の対応も必要かつ相当なものであるとして従業員の訴えはいずれも退けられました。
この事案から学ぶべきは、顧客からのクレームや言動が何でもカスハラに該当するとは言えない事、他方で顧客対応を巡り不満を持った従業員が会社を訴えることもあり、そうなると訴訟対応などを巡り相当の手間と経費が必要になるということです。
⑶平成30年11月13日甲府地裁判決
- ①カスハラの内容
- ②裁判の種別
- ③裁判所の判断
大阪市役所にて、住民が50回以上の情報公開請求、職員への暴言、1日に9回の電話などを行い、業務に支障をきたした。
特定の職員に対応させるよう執拗に要求したり、対応に当たった職員に対し、その学歴を理由に罵倒したり、容姿等を理由に侮蔑的な発言をしたり、大声で暴言を吐いたり、脅迫的な発言をすることを繰り返していた事案です。
大阪市が市民を被告として訴えた面談強要・暴言等の差し止め請求及び損害賠償請求訴訟(民事)
原告は、平穏にその業務を遂行する権利に基づいて、被告に対し、被告が、原告の職員に対し、電話での対応や面談を要求して被告の質問に対する回答を強要したり、大声を出したり、罵声を浴びせたりする行為の差止めを請求することができると解するのが相当である。
また、原告の業務の平穏な遂行を妨害するものとして不法行為に当たるというべきであるから、被告は、原告に生じた有形・無形の損害のうち、被告の行為と相当因果関係のある範囲の損害について賠償義務を負うべきである。
被告の行為によって原告に生じた損害の額は、80万円(本件訴訟の追行を弁護士に委任したことによって生じた弁護士費用相当額を含む。)と認めるのが相当である。
④弁護士のコメント
この事案は、市に対する情報公開請求が過剰な請求であるとし、大阪市がその他の暴言等も含め、差止等及び損害賠償を求めた事案です。
自治体に対する苦情は地方行政事務の大きな負担となっていますが、そのような問題に対して屈することなく法的手段にまで至った珍しい事案だと言えます。
⑷令和6年7月 福岡高裁判決
- ①カスハラの内容
- ②裁判の種別
- ③裁判所の判断
入院患者の娘が、約40分間の長時間にわたり、夜勤スタッフの看護師らを問い詰めたり、「頭が悪い」などと、看護師らに対する人格攻撃と受け取れる言動がみられたり、「ほかの病院だったらぶったたかれてるよ」などと、看護師らに対し心理的・精神的圧迫を加える言動がみられた事案です。
また、エアマットについて「ねえ、これのどこが悪いか分かる?あなたならこれで寝れる?」などと言いながらスタッフの頭を後ろから押さえつけたりもしました。
病院から顧客に対する損害賠償等を求めた訴訟(民事)
頭を押さえつけた行為を始めとする数々のハラスメントとして原告が主張した内容に対しては「看護士らが疲弊していったであろうことは容易に推認できる」としつつも、「患者及び親族が置かれている状況を考慮すると、医療の現場においては、その精神的不安定さから社会的に不相当な言動に及ぶことがあったからといって、それらが全て不法行為を構成するほどの違法性に該当する行為であると評価することは相当でない」とし、頭を押さえつけるなどの一部の暴行を除き、損害賠償請求を棄却しました。
④弁護士のコメント
この事案は、病院の入院患者の家族が看護師らにとった言動について病院が損害賠償等を求めた事案です。
家族が行った言動はいずれもかなり悪質なものですが、裁判所は、医療の現場という特質を大きく捉え、一部のみしか不法行為の成立を認めませんでした。
医療の現場では本件に限らず、カスハラを巡る負担が増大している中で本件判決に対しては厳しい批判もされています。
⑸令和6年3月13日大分地裁判決
- ①カスハラの内容
- ②裁判の種別
- ③裁判所の判断
母親あての荷物が指定の日時に届かなかったことに腹を立て、市内の運送業者の営業所で所長の男性に対し大声で繰り返し怒号を浴びせた事案です。
その上、受付カウンターを拳で叩きつけた上所長に対し土下座を要求し、その様子を動画で撮影しました。
強要罪(刑法第223条第1項)
「クレームの域を明らかに超えた非難に値する行為で被害者が受けた恐怖心や精神的苦痛も大きい」などとして、被告に懲役10か月、執行猶予3年の有罪判決を言い渡した。
④弁護士のコメント
顧客の言動が行き過ぎだとして刑事裁判に発展した事案です。
事案によっては民事での解決ではなく、刑事事件化することも必要だと考えさせられる事案と言えます。
4カスハラ裁判例の傾向を踏まえた解決方法は?
⑴カスハラ裁判例を踏まえた対策の重要性
カスハラに関する訴訟が増加する中で、裁判所の判決傾向には一定のパターンが見られます。
そこで以下では、企業側が勝訴するための要件、判決が企業に与える影響、そして企業が取るべきコンプライアンス対策について解説します。
⑵裁判で企業側が勝訴するための要件とは?
カスハラ裁判で企業が勝訴するためには、顧客によるカスハラの実態を詳細に証明できること、これに対して企業として必要かつ妥当な対応を行っていたことを証明することが不可欠です。
このことを以下、詳細に解説いたします。
①カスハラの証拠を確保していること
裁判では、企業が受けたカスハラの実態を示す客観的な証拠が極めて重要です。
そこで、カスハラ裁判で有効と認められる証拠を列挙すると以下のようになります。
カスハラ裁判で有効と認められる証拠
・顧客とのやり取りを記録した音声データ・動画
・クレームの内容や日時を記載した接客記録
・証人としての従業員の証言
・SNSや口コミサイトの誹謗中傷のスクリーンショット
これらの証拠を提出できれば、企業が正当な対応をしていたことを裁判所に示すことが可能になります。
②企業の対応が社会通念上適切であること
カスハラに対して、企業が過剰な対応を行った場合、裁判で不利になることがあります。従業員を守るための実績があることが重要です。
【適切な対応例】
・顧客の要求が行き過ぎた場合、冷静に対応し、事実関係を確認した上で適切な対応を行う。
・業務妨害が発生した場合、警察に相談するなど、法的対応を取る。
【適切でない対応例】
・感情的な対応をしてしまい、顧客に不適切な発言をしてしまう。
・特定の顧客を排除しようとして、違法な対応を取る。
裁判所は、企業の対応が「適切だったかどうか」を慎重に審査します。
そのため、事前に対応マニュアルを策定し、従業員に適切な対応を指導することが重要です。
⑶カスハラ裁判が企業に与える影響について
カスハラ裁判の結果は、企業の評判や経営に大きな影響を与えます。
具体的には以下のような影響が考えられます。
①企業の信頼性が損なわれるリスク
カスハラ裁判の判決は、公に報道されることが多く、企業の対応が問題視されると 社会的信用を失う可能性 があります。
その結果、裁判の敗訴により、SNS上で「対応がずさんな企業」として拡散され、取引先や顧客の信用を失い、業績に悪影響が出る、従業員のモチベーション低下につながるなどの問題に繋がることがあり得ます。
このような事態を避けるためには、企業としてカスハラ対策を明確にし、透明性のある対応を行うことが重要 です。
②損害賠償責任
カスハラ訴訟では、企業が損害賠償を請求されるケースもあります。
例えば、従業員がカスハラ被害を受けた際に企業が適切な対応を怠った場合、「安全配慮義務違反」として従業員から 損害賠償請求 を受ける可能性があります。
具体的には、顧客から繰り返し嫌がらせを受けた従業員が、精神的ストレスで休職し、その後、企業を相手取り「適切な保護がなされなかった」として訴訟を起こし、裁判では「企業は従業員を守る義務がある」として、損害賠償が認められるというケースが想定されます。
このように、企業の対応が不十分だり、適切な対応を欠く場合、裁判で不利な判断が下されることがあります。
5企業が実践すべきカスハラ対策とは?
⑴企業におけるカスハラ対策の重要性
以上のようなカスハラに、企業としては日ごろから十分な対策を講じることが求められます。
カスハラはいつどこで生じるか分かりません。
そのため、以下の項目に沿った事前の準備や予防が重要となるのです。
⑵対応ポリシーを策定し、社内・社外に周知する
企業は、どのような顧客対応が適切であり、どのような行為が許容できないのかを明確にするための対応ポリシーを策定する必要があります。
そして対応ポリシーを公の場に掲載することで顧客に対するけん制になりますし、同時に従業員に対しても行動指針として役に立ちます。
【対応ポリシーの主な内容】
・正当なクレームとカスハラの線引き
・顧客の不当な要求に対する対応方針
・暴言・威圧的な行為への対応基準
⑶カスハラ対策マニュアルの整備
一般的な社員教育と並行して、企業として統一した対応方針を確立するために、カスハラ対策マニュアルの整備が不可欠 です。
カスハラ対策マニュアルには、以下のようなポイントを含めることが大切です。
【カスハラ対策マニュアルのポイント】
・カスハラの定義と具体例
・対応フロー(エスカレーションの手順)
・法的措置を取る場合の基準
・社内外の相談窓口の設置
これらを明確にすることで、従業員が現場で迷うことなく適切な対応を取れるようになります。
カスハラ対応は、一人の担当社員だけで対応方法を判断せず、適切に上司や専門部署へエスカレーションすること、組織として行動することがとても重要です。
企業は、厚生労働省のガイドラインを参照しながら、カスハラに対する具体的な対応ルールを策定することが重要です。
例えば、以下のようなルールを設けることが考えられます。
初期対応
現場の従業員が冷静に対応し、記録を残す。一定時間以上の対応は禁止(居座りを防ぐため)。暴言や脅迫があった場合は即退去を求める。
上司への報告
カスハラが生じた場合には、上司に相談する
法的対応
悪質な場合は顧問弁護士と相談し、警察への通報を検討する
こうしたルールを徹底することで、企業全体として一貫した対応が可能になります。
⑷社員の教育・研修の強化
カスハラ問題を防ぐためには、企業全体で共通の認識を持ち、適切な対応を徹底することが不可欠 です。
特に、社員一人ひとりが正しい知識を持ち、適切な対応を取れるようにするための研修が重要になります。
①カスハラの基礎知識を学ぶ研修の実施
企業としては、社員に対し、カスハラの定義や具体的な行為について教育することが第一歩です。
カスハラの基本的な概念を学ぶことで、従業員が適切な判断を下せるようになります。
なお、当事務所にてカスハラ研修の講師を担当することも可能です。
とりわけ、顧問プランのうちスタンダードプラン、プレミアムプランにおいては顧問先企業での社内研修の講師料金が含まれているのでぜひご活用ください。
②対応スキルを向上させる実践研修
カスハラの現場では、冷静かつ適切な対応が求められます。研修では、ロールプレイングを通じた実践的なトレーニングを行うと効果的です。
【適切な対応例を学ぶ】
・感情的にならず、落ち着いて対応する
・無理な要求には毅然とした態度を取る
・状況に応じて上司や専門部署へエスカレーションする
実際の対応をシミュレーションすることで、従業員が現場で冷静に対応できるようになります。
⑸カスハラの記録を徹底する
カスハラが発生した際には、詳細な記録を残すことが後の法的対応において有効な証拠となります。
カスハラの担当の社員にこのことをしっかりと伝えておくようにしてください。
【記録するべき情報】
・発生日時と場所
・顧客の発言や行動の詳細
・対応した従業員の証言
・防犯カメラや通話録音のデータ
例えば、顧客が暴言や脅迫的な言動を取った場合、その事実内容や経緯を正確に記録しておくことで、企業が法的措置を取る際の有力な証拠となります。
【証拠の保管方法】
・クレームやトラブルの内容をデータベース化
・録音データや映像を一定期間保管
・必要に応じて弁護士に提供できる仕組みを構築
企業が適切な証拠を保持していることで、裁判になった際にも有利な立場で対応することができます。
⑹法律相談・顧問弁護士の活用
カスハラ問題が深刻化した場合、企業単独では適切な対処や解決が難しいこともあります。
そのため、顧問弁護士を活用し、適切な法的対応を取ること が求められます。
顧問弁護士は、カスハラ対応において専門家の観点から次のようなサポートを行います。
【顧問弁護士のサポート】
・カスハラマニュアル策定や改訂
・社員教育や講演、セミナーの実施
・カスハラ事案の法的リスクを分析
・適切な対応方針のアドバイス
・悪質なケースでは法的措置を代理人として受任し対応
特に、カスハラが脅迫・業務妨害に該当する場合には、弁護士を通じて警察に相談し、必要に応じて法的措置を取ることが可能です。
【カスハラ対応のための顧問契約のメリット】
・迅速な法的アドバイスが受けられる
・従業員が安心して業務に取り組める
・裁判に発展した場合のリスク管理が可能
特に、カスハラ被害が発生した際に「顧問弁護士に相談済み」という姿勢を示すだけで、顧客側にプレッシャーを与え、無理な要求を抑制できる場合があります。
6カスハラ問題を弁護士に相談するメリット
⑴カスハラ問題を弁護士に相談、依頼するメリットについて
カスハラの問題は、企業の対応次第で深刻なトラブルへと発展することがあります。
特に悪質なカスハラ案件では、企業が法的措置を取らざるを得ないケースも少なくありません。
こうした状況において、弁護士に相談することは、企業を守るための有効な手段です。
そこで以下では、カスハラ対応における弁護士の活用ポイント、法的手続きの流れと費用、企業の法務リスクを最小限に抑える方法 について解説します。
⑵カスハラ対応で弁護士を活用するポイント
企業がカスハラの問題に直面した際、弁護士に相談することで迅速かつ適切な対応が可能 になります。
特に、以下のようなケースでは、弁護士のサポートが不可欠です。
①顧客からの不当な要求への対応
カスハラの加害者は、企業や従業員に対し、法的根拠のない要求を突きつけることが多い です。例えば、次のような事例があります。
【典型的なカスハラの例】
・商品やサービスの正当な返品・交換条件を無視した要求
・過剰な補償金の請求
・執拗な謝罪要求
このようなケースでは、企業が自ら対応すると、状況が悪化する可能性 があります。
しかし、弁護士が代理人として対応することで、不当な要求を法的に拒否できる ようになります。
②訴訟や法的措置を検討する場合
カスハラがエスカレートすると、企業側が訴訟を起こす、または顧客から訴えられるケース もあります。
【弁護士が対応すべき場面】
・誹謗中傷による名誉毀損で訴える場合
・企業側が損害賠償請求を受けた場合
・刑事告訴を検討する場合(暴行や脅迫など)
弁護士が関与することで、適切な証拠をもとに戦略的に法的措置を進めることが可能 になります。
③法的手続きの流れ
カスハラに対する法的対応を行う場合、企業は以下のような手続きを踏むことになります。
- 相談
・弁護士に現状を説明し、適切な対応策を検討
・証拠の整理(録音データ、メール、監視カメラ映像など)
- 初期対応
・顧客に対する警告文の送付
・必要に応じて交渉や和解の提案
この段階で解決するケースも多く、早期に弁護士に相談することで、訴訟を回避できる可能性 があります。
- 訴訟の準備
・訴状の作成と提出
・証拠の整理と提出
- 裁判手続き
・証拠の精査、口頭弁論
・判決または和解
- 判決後の対応
・敗訴した場合の控訴
・和解条件の履行
④弁護士費用の目安
カスハラ対応の弁護士費用については以下のとおりです。
7まとめ
カスハラ問題は、企業の経営リスクを高める重大な課題です。しかし、適切な対応策を講じることで、トラブルを未然に防ぐことが可能 です。
・弁護士を活用すれば、不当な要求への適切な対応が可能
・早期の相談で訴訟リスクを抑えられる
・顧問弁護士やマニュアル整備により、企業の防衛力を強化できる
カスハラ問題に直面している企業は、早めに弁護士に相談し、リスクを最小限に抑える対策を講じることが重要 です。
本記事は、岡山香川架け橋法律事務所が提供しています。
カスハラ対応に関するご相談は、岡山香川架け橋法律事務所までお気軽にお問い合わせください。

この記事を書いた弁護士
代表弁護士 呉 裕麻(おー ゆうま)
出身:東京 出身大学:早稲田大学
労使問題を始めとして、契約書の作成やチェック、債権回収、著作権管理、クレーマー対応、誹謗中傷対策などについて、使用者側の立場から具体的な助言や対応が可能。
常に冷静で迅速、的確なアドバイスが評判。
信条は、「心は熱く、仕事はクールに。」
執筆者:弁護士 呉裕麻(おー ゆうま)
1979年 東京都生まれ
2002年 早稲田大学法学部卒業
2006年 司法試験合格
2008年 岡山弁護士会に登録
2013年 岡山県倉敷市に岡山中庄架け橋法律事務所開所
2015年 弁護士法人に組織変更
2022年 弁護士法人岡山香川架け橋法律事務所に商号変更
2022年 香川県高松市に香川オフィスを開所
