この記事では、会社内で生じがちなパワーハラスメント(パワハラ)について、これを未然に防止するために求められる会社の人事労務上の対応、仮にパワハラが生じてしまった際にとるべき会社の対応や、加害者に対してとることのできる措置、会社の法的責任について説明をしています。
そもそも会社内におけるパワハラは、下記の通り社内トラブルのうち多くを占めています。
厚生労働省の相談件数では、(パワハラという用語そのものでの整理ではありませんが)令和4年のいじめ・嫌がらせが69,932件となり、前年度比18.7%増加という結果になっているのです。
厚生労働省ウェブサイト「『令和4年度個別労働紛争解決制度の施行状況』を公表します」より
このようなパワハラ問題は会社経営上、人事労務管理上、切っても切り離せない問題となっています。
法律上も労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(労働施策総合推進法)により、職場におけるパワハラ対策が義務化されるようになりました(大企業について令和2年6月1日から、中小企業について令和4年4月1日から)。
また、パワハラは、その対応を間違えると人材流出や会社の責任問題にも繋がることから十分な事前、事後の対応が必要です。
そこで、以下、このような観点からパワハラについての会社のとるべき対応を詳しく説明していきたいと思います。
1 パワハラとは何か?
そもそもパワハラとは、職場内における優位な立場や権利を背景に部下や従業員を困らせることをいいます。
このパワハラの定義については、労働施策総合推進法30条2の1項に具体的な定めがあります。
そこでは、下記の通りパワハラを定義しています。
労働施策総合推進法30条2の1項
- 職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって
- 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより
- その雇用する労働者の就業環境が害される行為
ここで重要なことは、パワハラは必ずしも、上司から部下に対する指導などに限定されないということです。
すなわち、パワハラは部下から上司に対するものや、同僚間でも成立し得る問題であることに注意が必要です。
このパワハラの定義や具体例については、より詳細に以下のページで解説しているのでそちらもご参照ください。
2 会社がパワハラに対応する重要性
以上のようなパワハラについては、単に仕事上生じる当事者間の問題として傍観することは許されません。
すなわち、会社としては労働施策総合推進法に基づき、パワハラ被害者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備等を講じる必要があるのです(同法30条の2の1項)。
また、パワハラを放置すれば、社内の雰囲気は悪化し、労働生産性は低下し、被害者は退職に至るなど会社としての損失は計り知れません。
さらに、パワハラの法的責任に関しては、単に加害者に対するだけのものではなく、ケースによっては被害者から会社に対して損害賠償を訴えられることもあります。
具体的には、被害者から会社に対して、使用者責任(民法715条)や、職場環境安全配慮義務違反による債務不履行責任(民法415条)による損害賠償責任を問われることがあるのです。
実際、パワハラについて取るべき措置をとらず、対応を間違えた結果、会社が損害賠償責任を負う事案も少なくありません。
このような観点から、会社はパワハラに関して適時、適切な対応をとることが重要となるのです。
特に、パワハラが生じるよりも先に、会社としてとるべき措置をとることが重要となっています。
3 パワハラを未然に防ぐために会社に求められる対応は?
では、まずそもそもパワハラを未然に防ぐために会社が求められる対応とは何でしょうか。
この点、上記の労働施策総合推進法30条の2第3項では、厚労大臣に、「事業主が講ずべき措置等の指針の作成」が求められています。
その結果、「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(パワハラ指針)が作成され、企業はこの指針に基づく措置が必要とされています。
そして、このパワハラ指針では、会社に対して以下のような措置を講じることを求めています。
① 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
これはすなわち、職場におけるパワハラの内容やこれを行ってはならない旨の方針を明確化し、全労働者に周知・徹底することを意味します。
何がパワハラに該当するかについて社員向けのセミナーの開催や受講を義務付けることもまた有効です。
また、パワハラを行った者に対しては厳正に対処する旨の方針や対処の内容についても規定し、全労働者に周知・徹底することも含みます。
② 相談(苦情を含む。以下同じ。)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
これは、相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知することを意味します。
相談窓口は、電話やメールなどで相談ができる体制にしておくことが望ましく、かつ相談をした内容はプライバシーに配慮して管理されることを明確にしておくことが大切です。
また、相談窓口の担当者自身が相談に対し、適切に対応できるようにすることも必要です。
具体的には、相談者、行為者等のプライバシーの保護のために必要な事項をあらかじめマニュアルに定め、相談窓口の担当者が当該マニュアルに基づき対応するものとしておくこと、相談窓口の担当者に必要な研修を行うこと、相談窓口ではこれら措置を経ていることを労働者に周知することなどが重要です。
なお、雇用主側が被害相談の際に受け取った資料を不用意に用いたことが目的外使用だとしてその責任を問われたケースがあるので注意が必要です(6⑶京都地裁令和3年5月27日判決)。
さらに、労働者がパワハラ相談をしたことなどを理由として解雇その他不利益な扱いをされない旨を定め、労働者に周知することもまた重要です。
4 パワハラ発生後に会社に求められる対応は?
上記のパワハラ指針では、職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応をとることもまた求められています。
そこで、次に、その具体的な内容を、流れに沿って見ていきたいと思います。
⑴ 事実関係の迅速かつ正確な確認、調査
会社として、パワハラの被害相談や被害の申告を受けた際には、当該相談窓口の担当者や調査委員会等において相談に係る事実関係を、迅速かつ正確に確認することが求められます。
調査の際には、相談者の不安を和らげつつ、事情を詳しく聴くというスタンスをとることが大切です。
偶に、相談者からの相談や申告を受けたにもかかわらず、迅速に正確な事案の調査や取るべき措置を取らなかったということで、後に会社に対する損害賠償責任を求められることがあります。
したがって、被害相談を受けた際には、被害の内容についてパワハラに該当する可能性があることを念頭に、とるべき措置を速やかに取ることが求められます。
また、被害相談の結果収集した情報については、社内の担当者間で適切に管理、共有することが重要です。
時にあるのが、相談窓口の担当者限りで情報が留まってしまい、社内で共有されていなかったために、後に適切な対処に結び付かなかったということがあります。
因みに、当該調査の際に、調査委員会の設置が必要となるのは、事案が複雑で、関係者からのヒアリングに相当の労力を要する場合や、社内に聞き取りを担当する適切な担当者を見つけられないような場合などです。
調査委員会自体は、社内の担当者で構成しても構いませんし、外部の専門家(弁護士など)に委ねることでも構いませんが、事案に応じた体制とすることが重要です。
なお、雇用主側が被害相談を踏まえて顧問弁護士に調査依頼をしたところ、その調査報告書の信用性を問われたケースがあるので注意が必要です(6⑷東京地裁令和1年11月7日判決)。
事実確認の際に、相談者や行為者との間で、言い分が食い違うなどし、十分に事実の確定ができない場合には、第三者からの事実確認を行うこともまた重要です。
少なくとも、人選が相談者や加害者のいずれかの立場ないし側に立った偏ったものでないようにすることが大切です。
当然、相談内容に係る客観的な証拠がある場合には、その証拠の収集や内容の精査も必要になります。
証拠の内容としては、録音や録画、日記などがよく挙げられます。これらは加害行為の有無を認定するための重要な証拠となるので適切に管理し、内容を精査することが必要です。
調査の際に気をつけなければいけないポイントは、調査担当者からの配慮のない発言や質問により、相談者に二次被害を与えてしまうことです。
この調査担当者の不適切な言動を持って、会社の法的責任を追及されるケースもあるので、注意が必要です。
また、担当者による調査はあくまで事案の把握のためのものなので、客観的に公平な姿勢で行うことを意識しておくべきです。
不用意なアドバイスなどは公平性を欠くものとして、後に調査の信用性が争われるきっかけとなり、リスクを伴います。
仮にアドバイスを求められた場合には、調査担当者の立場ではこれをすることは望ましくないことから外部の相談先に相談するように誘導するように努めてください。
⑵ 被害相談の聴取時の聴取事項について
会社としては、被害相談を持ち掛けてきた相談者からまずは詳細な事情の聴取を行うようになります。
その際には、相談者に対して、相談をしたことで社内で不利益な扱いを受けることはないことを明確に伝え、安心してもらうことが大切です。
また、個人のプライバシーを完全に守ることもきちんと伝えてください。
さらには、加害者とされる人物からの報復措置がないように配慮することも伝えるようにしてください。
その上で、被害相談に対しては以下の事項を順番に聴取することとなります。これらについて、会社として相談者の話に耳を傾けるようにし、必要な記録を残すようにしてください。
【被害相談に対する事情聴取】
- ハラスメントの具体的な内容(日時、場所、されたことなど)
- ハラスメントに対してどのような対応をとったか
- 当該ハラスメントを裏付ける証拠の有無(診断書、録音、録画、日記、目撃者の有無など)
- 被害に対する心情
- 加害者に対して求めるもの
- 会社に対して求めるもの
⑶ 加害者とされる人物に対する聴取について
被害相談を踏まえ、今度は加害者とされる人物に対する聴取を行います。
この場合にもプライバシーを保護する姿勢をしっかりと示してください。
また、弁明の機会を十分に確保することも大切です。
弁明の機会をきちんと確保しないと後に、「強制的に言わされた」「認めさせられた」となり、調査の信用性の問題に発展しかねません。
⑷ 被害が確認できた際の措置について
事実関係の調査の結果、パワハラが認定された場合(加害者がハラスメントを自ら認めた場合を含みます)には、被害者本人に対する被害回復等のための適切な対応が求められます。
具体的には、加害行為者と距離を設けるための配置転換や加害行為者からの謝罪などが考えられます。
他にも被害者が被ってきた労働条件上の不利益の回復やメンタルヘルスに対する相談対応などをする必要があります。
これらとは別に被害に対する加害者への損害賠償責任は、被害者と加害者の問題となることから、会社において間に入る事は限界があるものと言わざるを得ません。
すなわち、損害賠償の問題については、被害者と加害者との間で協議・交渉をし、場合によっては訴訟にて解決してもらう問題となります。
⑸ 調査報告書の作成について
事実関係の調査を踏まえて、当該調査結果を調査報告書にまとめることは今回の調査の結果を後の同種事案に備えるため、必要なことだと考えられます。
調査報告書は、どのような調査主体がどのような方法で誰から事実を確認し、相談内容にかかる事実関係の有無を認定できたか否かを明らかにする文書です。
調査報告書を作成することで、調査の客観性や公平性を明らかにする根拠ともなります。
この調査報告書は、場合によっては、被害者が加害者を訴える際の証拠としても用いられることから、その作成には慎重を期すべきです。
⑹ 再発防止に向けた措置を講ずる
調査の後には、今後改めて社内でパワハラが生じないように対策を尽くす旨の再発防止策ないし改善策を明確にし、全従業員に周知徹底することが必要です。
5 パワハラ加害者に対する懲戒処分の可否について
調査の結果、パワハラ行為が事実だと認定された際には、会社として加害者に対する懲戒処分を検討することとなります。
その際には、まず大前提として、就業規則にパワハラに基づく懲戒処分がどのように規定されているかを確認してください。
なお、就業規則に関しては、以下のページで別途詳しく解説していますので、ご参照ください。
懲戒処分を付すに際しては、当該事案の内容や程度、加害者と被害者との間での謝罪や示談が済んでいるか否か、さらには会社における先例に照らし妥当な範囲での懲戒処分を押すようにしてください。
これを誤ると後に重過ぎる処分として、加害行為者から処分の無効確認の裁判がなされることがあります。
したがって、具体的にどの程度の処分であれば妥当なのかについて法的判断を弁護士に求めることもまた有効だといえます。
なお、事項にて、パワハラを前提とした会社の懲戒処分の効力が裁判で争われた事例について紹介をしているので併せてご確認ください(⑷東京地裁令和1年11月7日判決、⑸東京地裁平成27年9月25日判決)。
6 パワハラに対する会社の責任は?
⑴ パワハラに対する会社の責任等が争われた事例について
パワハラに関しては、繰り返し述べているように、一定の場合には会社の責任を追及される場合があります。
また、パワハラを前提としての懲戒処分についても、加害者側から争われることで後に法的紛争になることがあります。
そこで、以下では、実際に裁判で争われた事例に基づき、どのようなケースで会社の責任が肯定され、もしくは否定されたのかなどについて説明をしたいと思います。
⑵ さいたま地裁平成27年11月18日判決
- 事案の概要
- 請求の内容
- 結論
- 理由
- 弁護士のコメント
さいたま市の職員に採用されたCが、指導係のDからパワハラを受け、精神疾患の症状を悪化させ、自殺したという事案です。
相続人であるCの両親が、さいたま市に対して損害賠償を求めました。
損害賠償請求
裁判所は、さいたま市に損害賠償責任を認めました。
ただし、Cの既往症が自殺の重大な要因になっていること、両親にはCと身分上または生活上一体関係にあり、Cの自殺を防ぐために必要な措置を採るべきであったとして、過失相殺またはその類推適用により損害の8割を減額しました。
本件では、Cにうつ病の既往症があること、Cはさいたま市に相談を持ち掛けていることから、さいたま市はDまたはCを配置転換したり、DをCの教育係から外したりするなどの措置を講じ、Cのうつ病の既往症を憎悪させない注意義務があるとしました。
それにもかかわらず、Dのパワハラを放置し、配置転換もせずにいた結果、Cが自殺に至ったものとして、さいたま市の安全配慮義務違反と死亡に対する因果関係を肯定しました。
この事案では、被告であるさいたま市には、CからDによるパワハラの相談が持ち掛けられているにもかかわらず、パワハラの有無についての調査自体を行わなかったという問題があります。
その結果、Cの体調が悪化し、自殺に至ったとし、因果関係を認め、さいたま市の責任を肯定しました。
他方で、Cの既往症が本件自殺の大きな原因であったとし、かつ同居していた原告である両親の過失相殺またはその類推適用として8割を減じましたが、これはCの症状を踏まえて両親として適切な医療を受けさせるなどが出来たであろうことを前提としています。
特に、自殺の直前にはCは「もう嫌だ。」と叫んで自宅の2階に駆け上がって行き、結果、自殺に至っていたことも上記判断に際して考慮されています。
この事案のように、パワハラの被害申告、被害相談がなされた際に適切な対応をとらないと、そのことをもって法的責任が肯定されることがあるので注意が必要です。
したがって、被害相談を受けてすみやかに事情を聴取し、とるべき措置を講じることが重要です。
本件裁判例でも、パワハラの存在が直ちには認められない場合であっても、配置転換等の措置を講じる義務があったとしていることに注意が必要です。
⑶ 京都地裁令和3年5月27日判決
- 事案の概要
- 請求の内容
- 結論
- 理由
- 弁護士のコメント
幼稚園の教諭である原告がB園長からパワハラ行為を受けたと主張し、京丹後市にパワハラの調査をお願いしたところ、パワハラ行為は否定されたが、京丹後市の調査過程に違法が認められた事案です。
原告の両親が証拠資料として提出した日記のコピーを、市の職員が原告の事前の同意なく園長や地方共同法人へ提供した行為が、プライバシーを侵害するものとして、国家賠償法上違法であるとされました。
損害賠償請求
被告である京丹後市に損害賠償責任を認めました。
ただし、パワハラ自体を認めたものではなく、被告の調査過程の違法があるとしたものです。
パワハラの調査目的のためであるからといって、B園長に対して本件日記のコピーを交付して保管させたこと、及び地方共同法人に対し本件日記のコピーを提供したことは、原告のプライバシーを侵害するものとして、国家賠償法上違法であるとされました。
本件日記のコピーをそのまま渡すのではなく、事実関係のみを抽出して作成した書面を交付するなど、他の方法によっても、事実関係を確認することは十分可能であったと思われます。
なお、B園長の原告に対する言動は、いずれも業務上の必要性がある場合に、その指導の一環として行われたものであり、指導内容、方法、程度について名誉棄損や侮辱的なものであったり、合理性に欠けたりするものではなく、社会通念上許容される業務上の指導の範囲を超えるものであったとは認められないとされています。
本件は、パワハラ自体は否定されましたが、調査過程で提供された本件日記の扱いに関し、責任が肯定されました。
パワハラの相談を受けた立場の者は、できるだけ客観的な資料の収集に努めるべきは当然ですが、その資料は個人情報となることも少なくないため、不用意に用いることは許されません。
当然、提供した資料自体はパワハラ調査のために必要かつ相当な範囲であれば用いることができますが、本件では、この資料を公務災害補償基金に、原告の了解なく提供をしています。
この点に関し、パワハラの調査目的を超えるものと判断され、プライバシー権侵害による責任が肯定されたものです。
加えて、本件日記のコピーを被告がB園長に交付したこともまたプライバシー権侵害による責任が肯定されています。
B園長はパワハラの相手方そのものであり、その相手方に原告の作成した本件日記について交付することは、その内容に原告の心情の記載なども含まれていること、紛争の相手方であることなどを理由としてプライバシー権侵害を認めました。
このように、パワハラの被害相談を受けた際には、提供された資料をどのように扱うかに関しても責任問題が生じる点に注意が必要です。
⑷ 東京地裁令和1年11月7日判決
- 事案の概要
- 請求の内容
- 結論
- 理由
- 弁護士のコメント
大手税理士法人において、パワーハラスメントを理由とする懲戒処分が有効とされた事案です。
税理士法人の顧問弁護士が、原告が所属する人事部の従業員のみならず、他の部署の従業員からも事情聴取を行った上で報告書を作成し、その内容からパワーハラスメントに当たると認定されました。
戒告処分の無効確認、損害賠償請求
原告の行為はパワーハラスメントに当たり、懲戒事由に基づく訓戒の処分は相当とされ、損害賠償請求も棄却されました。
原告とCは上司と部下の関係にあり、被告の顧問弁護士が作成した報告書によれば、原告自らの席の横に立たせた状態で叱責したり、人事部全体に聞こえるような大きな声で執拗に叱責し、Cが泣いていたこともあったことが分かりました。
原告のCに対する注意は、職場内の優位性を背景に業務の適正な範囲を超えて精神的、身体的苦痛を与え、又は職場環境を悪化させる行為をしたものとして、パワーハラスメントに当たるとされました。
また、報告書の信用性に関して、被告の顧問弁護士により、複数の部署にわたる被告の従業員から事情を聴取して行われており、人事部における人間関係にとらわれない調査方法が用いられていることから、報告書の記載内容は、詳細かつ具体的である上、事実認定に至る過程に特段不自然・不合理な点は認められず、本件報告書には信用性があると判断されました。
パワハラが生じたことを踏まえ、専門家にその調査を委託する必要が生じた際に、企業の顧問弁護士に委託することの当否が争われました。
たしかに、顧問弁護士という立場に照らすと、企業側の立場に近い調査が実施されるのではないか、公平中立が保たれないのではないかとの疑念が生じるかもしれません。
しかし、本件では顧問弁護士が行った調査に関し、公平性、中立性が疑われるような事情はないなどとして調査報告書の信用性を肯定しました。
このように、パワハラの被害相談を受けた際に、具体的な調査を実施するにあたっては、公平性や中立性が重要になることを意識しておいてください。
⑸ 東京地裁平成27年9月25日判決
- 事案の概要
- 請求の内容
- 結論
- 理由
- 弁護士のコメント
学校法人である被告との間で雇用契約を締結し、被告の設置する大学で准教授又は教授を務めていた原告らが、同僚の教員や事務職員に対し、パワーハラスメント行為若しくはこれを助長する行為、又は、これらを隠ぺいする目的で口止め行為をしたこと等を理由に、被告から停職を内容とする懲戒処分を受けた事案です。
懲戒処分無効確認等
停職処分は無効となりました。
原告の言動が被告に精神的苦痛を与えるものだったことは明らかだが、被告が外面的には原告らとの良好な関係を保っており、その深刻な被害感情に思いが及ばなかったとしてもやむを得ないところがあるとされました。
また、原告に理解・自覚させた上で改善を待つなどの機会を与えないまま、いきなり停職という重い処分を科すことは社会的相当性を欠いたものとされました。
本件は、被害者に対するパワハラ行為は認定されたものの、このことを前提としつつも、被害者が加害者と表面的には良好な関係を保っていたこと、被害者への健康状態への影響も客観的には明らかでないこと、改善の機会を与えることなくいきなり停職処分に付すことは重過ぎることなどから、処分が無効とされました。
この事案から言えることは、仮に客観的にはパワハラが認定されたとしても、その結果、雇用主としてどの程度の懲戒処分が可能かは別途、慎重な配慮が必要だということです。
少なくとも、単にパワハラの程度が重かったというだけでの処分には注意が必要です。
⑹ 東京地裁平成24年3月9日判決
- 事案の概要
- 請求の内容
- 結論
- 理由
- 弁護士のコメント
休職期間満了により被告会社から自然退職扱いとされた原告が、元上司の被告からパワハラ行為を受けたため精神疾患を発症し損害を被ったとして、被告らに対し損害賠償を求めるとともに、被告会社に対し地位確認及び自然退職後の賃金支払を求めた事案です。
損害賠償請求、地位確認等請求
被告の行ったとされる行為のうち、辞職を強要する発言をした行為のみ不法行為と認めました。
他方で、同行為と原告の適応障害との間の因果関係は否定し、被告会社による休職命令は就業規則上の休職事由に基づくものであって有効であるとしました。
原告は本件休職命令の満了時の経過をもって被告会社を退職したと認められるとして、被告会社に対するその余の請求を棄却されました。
深夜、夏季休暇中の原告に対し、2度も「ぶっ殺すぞ」という暴力団紛いの脅し言葉を使用した上(害悪の告知)、口汚く罵りながら、辞職を強要するという常軌を逸した被告の行為は、社会的相当性を逸脱する脅迫行為に該当することは明らかであり、パワハラと認められました。
しかし、原告は入社時から業務上のミスが多いことや、無断で直行・直帰をしたことなどを理由に上司から多くの注意を受けていたこと、上司の指示に反した原告の行動が被告会社の信頼を傷つけかねない内容であり、従前の担当業務を外されていたことが発覚しました。これらのことを考慮すると、原告は孤立感を深め、職場ないしは担当業務への適応不全を起こし、これが主たる原因となって本件適応障害が発症したものとみる余地が十分にある為、被告会社の休職命令は休職事由に基づくものとして有効であり、自然退職扱いも有効であるとされました。
本件は、会社と上司が被告とされ、損害賠償と自然退職の効力とが争われた事案です。
損害賠償請求の根拠となるパワハラについては、様々な行為が主張されましたが、そのうち唯一、左記の行為のみが違法なパワハラと認定を受けました。
また、パワハラと休職との因果関係は否定された結果、休職命令は有効とされ、結果、これに続く自然退職も有効と判断されました。
7社内のパワハラ問題は労働問題に詳しい弁護士への相談をお勧めします
冒頭で述べた通り、会社内におけるパワハラの問題は非常に多い傾向にあります。
会社としては大したことのない問題だと考えるのではなく、また当事者間の問題だと考えるのではなく、正しく会社の経営に直接影響し得る問題だと認識することが大切です。
なおかつ、パワハラの調査やパワハラ、該当性の判断、これがあるとされた場合の適切な処分のあり方については、高度な専門的知識が求められます。
これらの判断や対応を誤ると会社の責任を問われかねません。
また、会社の信用問題にも関わりますので、適時、適切な対応を弁護士とともに取ることが重要です。
そのためにはやはり労働問題に強い専門の弁護士への相談ないし顧問契約の締結がお勧めです。
当事務所では、個別の法律相談の方法にてパワハラの問題に具体的な助言をすることも可能ですが、顧問契約を締結していれば、即時即座に常に適切な助言が可能です。
そのため、パワハラの問題にお悩みの会社経営者の方には、当事務所との顧問契約をお勧めいたします。
顧問契約の締結により、そもそもパワハラの生じない職場作りやこれが生じてしまった場合の適切な対応やサポートが気軽にできるようになります。
人手不足が深刻な昨今においては、不幸にも社内のパワハラによって人材が流出したり、社内の士気が下がったりしないようにすることが極めて重要といえます。
この記事を書いた弁護士
代表弁護士 呉 裕麻(おー ゆうま)
出身:東京 出身大学:早稲田大学
労使問題を始めとして、契約書の作成やチェック、債権回収、著作権管理、クレーマー対応、誹謗中傷対策などについて、使用者側の立場から具体的な助言や対応が可能。
常に冷静で迅速、的確なアドバイスが評判。
信条は、「心は熱く、仕事はクールに。」
執筆者:弁護士 呉裕麻(おー ゆうま)
1979年 東京都生まれ
2002年 早稲田大学法学部卒業
2006年 司法試験合格
2008年 岡山弁護士会に登録
2013年 岡山県倉敷市に岡山中庄架け橋法律事務所開所
2015年 弁護士法人に組織変更
2022年 弁護士法人岡山香川架け橋法律事務所に商号変更
2022年 香川県高松市に香川オフィスを開所