内閣府が、若者向け性暴力被害予防の啓発ポスターについて、無関係のイラストレーターの作品に似ているとの指摘を受け、使用を中止したことが分かった。内閣府は19日に記者会見し「不適切な点があったことは極めて遺憾で、(イラストレーターに)深くおわびする」と陳謝した。作製は凸版印刷(東京)が請け負った。
日経電子版 2023年4月19日 20:35
内閣府が若者向けの啓発ポスターを制作した際に、依頼した先の凸版印刷が「たなかみさき」さんというイラストレーターの作品を参考にして作成したとのことです。完成したポスターが、たなかみさきさんの他のイラストや作風に類似しているとして外部からの指摘を受けて使用中止に至りました。
さて、この問題は、内閣府のポスターがたなかみさきさんのイラストをそのまま流用したもの(トレースしたもの)ではなく、作成者が、たなかみさきさんのイラストないし作風に依拠して仕上げた点に問題があります。
そのままイラストを流用した場合はまさに著作権侵害のうち、複製権侵害が明らかに成立しますが、では、依拠して仕上げたポスターについてはどうなるのでしょうか?
この点、あらゆる著作物は先人の土台の上に成り立っていることから、他人の著作物に依拠しているだけでは著作権侵害にはなりません。要するに、たとえばイラストの場合でも、多くのイラストレーターは、イラストを学ぶ際や制作する際に、先人の作品を模倣し、学び、最終的に試行錯誤の上で自分のイラストというもの、自分の作風というものを完成させることとなります。
それゆえ、他人の著作物にまったく依拠しないイラストというものは、そう存在するものではないのです。結果、単に他人の著作物に依拠していただけでは著作権侵害は肯定されません。
言い換えると、依拠していただけで著作権侵害を肯定すると、現存する相当多くのイラストなり作品が著作権侵害となってしまうのです。
そのため、他人の著作物に依拠して作成された作品に関し、著作権侵害が認められるには、(1)依拠性に加え、(2)類似性が求められます。
要するに、単に依拠していただけでなく、依拠して作成された作品が依拠した作品に「類似している」と言えて初めて著作権侵害となるのです。そして、この場合、著作権侵害のうち翻案権侵害が言われることとなります。
では、そこまで考えた上で今回のポスターとたなかみさきさんのイラストとが類似しているかを考えると、非常に判断の難しい問題だといえます。
ネット上でも類似性についての賛否が分かれていますが、最終的には裁判所の判断事項です。単に多数決にて類似性の有無が決まるものではない点に注意が必要です。
そして、問題となるポスターとたなかみさきさんのイラストとして類似性が高そうに思われるものがネット上に掲示されていたので私も確認をしてみました。
この内容によると、ポスターとイラストとで、
(1)構図が似ている(ただし、男女の距離や顔の向き、腕や手の位置などは大きく異なる)、
(2)男女ともに髪型は男性が耳にかかるくらいであるもののイラストの方がより長く、女性は長髪という点では同じだが、イラストの方はカールしていて、ポスターの方はストレートであるし、イラストの方のもうひとりの女性はショートである、
(3)各イラストとも細い線で描かれており、頬ないし鼻のあたりの赤みないしピンクかかっている様子で描かれている(ただし、ポスターの方がピンクかかっている部分が全体的に広いがイラストの方はより細く描かれている)、
(4)各人物の色の塗り方についてはポスターの方がより鮮明であるのに対し、イラストの方はより色味が薄い
などという特徴の違いがあるように思います。
そのため、仮に裁判で著作権侵害が争われた場合には、少なくとも私は翻案権侵害は認められないのではないかと考えています。
ただ、本件は類似性の指摘を受けて内閣府の方がポスターの回収に至ったため、裁判での決着には至らないことは明らかです。
ということなので、著作権侵害の成否は非常に難しい問題ですが、少なくとも内閣府が依頼したポスターがこのような形で問題になってしまうと、他人の著作物に依拠しつつも、類似性のない作品を作って生業としている他のイラストレーターの方にとっては、とてもやりにくい事態になってしまうものと考えます。